山本美憂がRIZINのリングに上がった理由 今後の展開はどうなる?

2016年9月、山本美憂が総合格闘技RIZINのリングに立ちました。
その時の山本美憂の年齢は、42歳です。

レスリングの世界女王として名声をあげ、元祖“つよかわ”といってもいいそのビジュアルから、レスリング人気を底上げした功績は大きいものがありました。

年齢的には、総合格闘技をあと何試合できるかわからない山本美憂は、RIZINのリングで何を表現しようとしているのでしょうか。

山本美憂の経歴

山本美憂は、1974年8月4日に神奈川県川崎市で生まれ、現在43歳になります。
ミュンヘンオリンピックレスリング日本代表の山本郁榮を父に持ち、レスリングは10歳の時から始めました。

1987年、山本美憂は13歳の時、初開催の全日本女子選手権大会で優勝し、続けて5連覇。
1991年の世界選手権では17歳で優勝、世界女王になります。

更に、1994年・95年に世界選手権連覇をなしました。

私生活では、1995年にJリーガーの池田伸康と結婚し、それを機に山本美憂はレスリングを引退しました。

この結婚を含めて、山本美憂は3度結婚と離婚を繰り返し、3人の子供を授かっています。
そのうちの長子が、山本美憂同様にRIZINのリングで活躍している山本アーセンです。

 

山本アーセン RIZINでの歩みとオリンピックへの夢

 

山本美憂RIZINデビューのきっかけ

山本美憂が40歳を超えているにもかかわらず、総合格闘技に挑戦し、RIZINのリングに上がるのはなぜなのでしょうか?

山本美憂は、最初の結婚の時、レスリングを引退しましたが、離婚を機に現役復帰をしています。

それはその後の結婚・離婚の際も同様で、2004年にはレスリングが初めて女子のオリンピック種目になるということで、山本美憂は日本代表の座を目指しました。

結果は、ジャパンクイーンズカップの大会で3位にとどまり、日本代表に選ばれませんでした。

2016年のリオオリンピック出場にむけた際には、日本代表を諦め、2013年にカナダに移住して、カナダ国籍を取得してまでオリンピック出場にこだわります。

しかし書類上の不備などがあり、カナダの大会出場が難しいという結論にいたりました。
それが2016年6月のことです。

以下、サンスポのインタビューに応えた時の山本美憂の言葉を引用します。

【サンスポ 2016.8.26】

「結局オリンピックに挑戦する権利も得られなかったんです。でもそこまで頑張ってきたのに辞めるのは自分としては納得できなかった。

そういうときに(RIZINから)オファーをいただいて“ああ、これが自分が何か新しいことを始めるタイミングなんだな”と思ったんです。

体がまだまだ動くから、常に何かに挑戦していたい。確かに全然別の世界で“よく決心したね”と言われることが多いんですが、自分ではそこまで考えていなかった。

タイミング的に次に自分が打ち込めるものがこれだったというだけ」

まさに絶妙のタイミングで、RIZINからオファーがあったわけです。

オリンピック出場を目指して万全の身体を作っていたにもかかわらず、それを断念せざるを得ない状況の山本美憂に、新しい世界での挑戦という希望が舞い込んできた瞬間です。

 

山本美憂 VS RENA

総合格闘技デビュー戦の山本美憂と、シュートボクシングの女王RENAとの試合は、2016年9月25日にセミファイナルとして行われました。

RENAにとっては、総合格闘技3戦目の試合です。

後のインタビューで山本美憂が言うには、自分自身は当初年末の参戦を思い描いていたのが、RIZINの榊原実行委員長から「9月の大会に出てほしいんだけど」と依頼されたそうです。

準備期間が2ヶ月をきる中で、RENAという立ち技界のトップで、総合格闘技も経験済という選手と戦うことは、山本美憂にとってかなりハードルの高いオファーだったことでしょう。

試合結果は、1Rにアームトライアングルチョークを極められ、敗戦となってしまいました。

 

序盤は、間合いの取り合いで、タックルに行くぞ行くぞという山本美憂。
対するRENAはプレッシャーを与えながら、タックルにいつでも膝を合わせるぞという動きを見せます。

1R(5分)の半分が過ぎた頃、RENAのローキックに合わせ、山本美憂がタックルを仕掛けテイクダウンに成功します。
ガードポジションをとるRENAに対して、首へのプレッシャーをかける山本美憂。

そこから山本美憂が、立ち上がり気味にパンチを上からたたき込もうとした瞬間、RENAが下から山本美憂のあごを蹴り上げました。

これで山本美憂の意識が完全に飛びました。(山本回想)
その後は、本能のまま戦ったといっていいでしょう。

 

山本美憂の今後はどうなる?

RENA戦の後は、その年の大晦日に行われたアンディ・ウィン戦でした。

ここでもタックルからのテイクダウンには成功するも、ガードポジションを取られてからの攻め手に欠け、下から腕を極められて敗戦となってしまいます。

40歳をこえているとはいえ、レスリング女王の肩書きを引っさげての参戦で2連敗は、本人山本美憂にとってもライジンにとっても痛い結果となりました。

 

2017年7月30日、まさに背水の陣でのぞんだ第三戦、キャシー・ロブ戦では3R戦いぬき、判定で初勝利を飾りました。

この試合では、サイドポジションを取ってからの膝攻撃が有効だったので、今後、その流れからの肩固めや腕がらみの技を何度も何度も練習して、抑え込んでからの技に磨きをかけるのが良いのではないかと思います。

山本美憂の計量時のビキニが話題に

 

今回、10月15日から始まる女子スーパーアトム級トーナメントに山本美憂も参戦しています。

今回の初戦に勝ち上がれば次の相手は、どちらが勝ち上がってきても、山本美憂が過去に敗れた相手となります。

 

まずは山本自身が10月の戦いに勝たなければ話になりませんが、もしこの初戦で負けるようなことがあれば、総合格闘技から手を引くという選択肢もあるかもしれません。

43歳となった山本美憂にとっては、一戦一戦が総合格闘技引退という決断をせざるをえない戦いになることは間違いないと思います。

 

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